ミーティア 〜meteor〜
著者:shauna


シルフィリアの朝はとにかく重く、アリエスの朝は早い。
そして、ここにはまた違う朝を過ごしている者がいた。
同時刻のスペリオル宮殿の中庭。
オレンジ色の髪をポニーテールをひょこひょこと揺らし、緑の瞳が印象的な顔は間違いなく美少女と呼ばれる部類であるものの、赤い貫頭衣と黒いズボンという服装は長い衣を揺らす文官や重厚な鎧に身を包む武官が行き交う宮廷ではかなり浮いた存在で、一見すると不審者として警備兵に捕えられても不思議はない。
しかし、こんなまるで旅人のような恰好をしていても彼女は決して怪しい者などではない。
そもそも、彼女は本来こんな服装をするべき階級ではない。
本来なら綺麗なドレスに身を包み、装飾された扇子なんかを振りながら官吏が傅く廊下を堂々と歩くべき身分の人間である。
名前はミーティア=ラン=ディ=スペリオル。
紛うこと無き、この国の王女だ。
 そんな彼女がなぜ、こんな所でこうして官吏達に隠れながらコソコソと移動しているかというと・・・・
 今からちょっと・・・家出でもしようと思いまして・・。
 中庭を抜ければ後は裏庭を抜けて城壁までたどり着き、ひとつだけある外れるブロックを引き抜いてそこから外に出る。
 そして、城下でちょっと腕試しにそこらへんの闘士と戦う。
 そして、適当に勝ってその賞金で店に入り、普段王族である限り絶対縁の無いジャンクフードの類を賞味して夕方にまた同じ手段で城に戻る。
 間違いなく後で父から大目玉を食らうこと間違いなしなのだが、一度覚えたこのスリルとそれに伴う甘味はどうにも止められない。
 警備の兵士が目を背けた一瞬に一気に塀から塀の間を走り抜け、中庭を抜けて裏庭へと入る。よし、後は城壁のブロックから外に出るだけ・・・・
 コソコソと綺麗に剪定された木々の間を四つ這いになってそっと移動する。そんな時だった。
 「ミーティア・・。」
 いきなり背後からした声に心臓が飛び出しそうだった。
 驚いてついつい腰からエアナイフを抜いてそちらへ突きつけてしまう。
そして、後ろの人影を確認するとすぐに安堵の溜息を洩らした。
 「お姉ちゃん。・・もう!脅かさないでよ!!」
 白のロングスカートワンピースの上に青のドレスジャケットとストール。キラキラと太陽光に輝く黒の髪は腰まで滑るように流れており、耳は人間では無いことを現すように尖っている。
その容姿は一言で言ってしまえば線の細い美女だった。
 セレナ=キル=ソルト=スペリオル。ミーティアの姉にしてこの国の第一王女。
「『脅かさないでよ!』じゃないでしょ!」
 片手で日傘を差しつつ、もう片方の手を腰に当て、困ったような顔でセレナはミーティアを見つめた。
「今日はお客様がいらっしゃるから部屋でドレスに着替えて待機しているようにって、私が昨日伝えたでしょ?」
 その言葉にミーティアはハッと口元に手を当てた。
 「もしかして忘れてたの?」
 セレナのため息が辺りに響いた。
 実際ミーティアの頭からはすっかり謁見者のことは抜き取られていた。
 確かに言われてみれば、昨日の夜、セレナが自分の部屋を訪ねて来てそんな様な事を言ってた気がしないでもないが・・・。
 「ほら、準備して。」
 「でもね!お姉ちゃん!!今日はどうしても大事な日なの!!」
 しかし、忘れてたのは悪かったと思うが、ミーティアにも言い分がある。なぜなら今日は城下で魔術祭が催されるのだ。世界中から城下街に集まるのは誰もが人を楽しませる訓練を積んだ最高の道化師達。その中でナンバーワンを決めるのが今夜の祭りだ。
 魔術が彩り、出店も出る。そんな楽しいことがあれば謁見者のことなど忘れて当然!いや!忘れなくてどうする!!
「お願い!!今日だけは見逃して!!大事な日なの!!」
両手を合わせて懇願するミーティアだが、セレナは静かに首を振った。
「ごめんねミーティア。ただのお客さんなら私一人で対処できるんだけど、今日のお客様は特別なの。」
「どうしても駄目?」
「ダメ」
「こ〜んなに頼んでもダメ!?」
「ど〜んなに頼んでもダメ!!ミーティア・・もう少し、王女としての自覚を持って。勝手に城を抜け出すこと自体問題だと思うんだけど・・・それに今から来るお客様はさっきも言ったけど、本当に特別で・・・」
セレナの説教じみた言葉にミーティアがキレた。
「なんで!?ちゃんと書置きもしたよ!!『城の門限までには戻ります。』って!!それに、あたし王女よ!!それよりも偉い人なの!?」
普段ならこんな権力にモノを言わせた発言などしないのだが、もはや絶望感で我を忘れている。セレナだけは味方だと思っていたのに・・・。
目に涙すら浮かべるミーティアにセレナも困惑する。
「ごめんね。ミーティア。ホントにごめんね。」
 ついに泣き崩れてしまったミーティアをそっと抱いてからそのままミーティアの手を引いて彼女の部屋へと連れて行く。
 その間、ミーティアは一言も口を聞いてくれなかった。せっかくの綺麗な顔もこれでは眼もとに化粧をしなくては人前に出られない。
 ミーティアを無事に部屋に送り届け、女中たちに着替えを任せてセレナは部屋を後にした。
もちろん。できれば、あのまま行かせてあげたかった。
いつもみたいに黙認してあげたかった。
でも、仕方のないことなのだ。何せ相手が相手なのだから。
それに自分が出ていけばまた無用なトラブルを増やすことになりかねない。自分に出来ることなど何もないのだ。王族だと言うのに何と言う
不甲斐なさだ。手に持ったミーティアのメモを悔しそうに握りつぶし、セレナもミーティアの部屋を後にした。



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